モンスターの血を抜く処理を終えて村に戻ると、先ほどの男が確認のためについてくることになった。
彼は遺体の数を見て目を丸くした。
少なくとも十体以上、予想をはるかに超えていたようだ。
火傷痕の男は、驚きを隠せない様子で、「ちょっと待ってくれ!」と叫ぶ。
慌てて応援を呼びに里へ駆け戻っていった。
少しして、グルムシャベアやモンスターたちを運ぶための大きな荷台を持った人、応援に来た里の人たちも次々と様子を見に来ては驚きの声を上げていた。
「こんな若いのに……」
「俺たちが全員でかかっても勝てねぇな」
「最低限の処理もしておいた。好きに使え」
カナメが仕方なくという様子で冷静に言うと、男は仲間とともに死体を確認、彼らも驚いたように頷いた。
(処理をやってる最中は里の方を向いてて助かったよ、ありがとう。カナメ)
《次はないぞ》
言葉はきついけど対応は最低限してくれる分、ちょっと優しい。
今は無い涙腺が緩みそうだった。
「助かったよ。あんた、相当な腕だな……まるで」
確認を終えた男はそういう際、何かを察したような目を向けた。
おそらくだが、「まるで勇者みたいだ」とでも言おうとしたらしい。
カナメはすかさず男を睨む。
「いや、忘れてくれ。悪かったよ」
睨まれた男は意図を察したのか、それ以上はカナメに何も聞かなかった。
今回はカナメが適切な行動をしていたらしい。
そして、彼はすぐに応援の人たちに指示を出す。
「約束通り、君へ衣服と宿を手配する。運び終わったらしばらく指定の部屋で休んでいくといい。メリッサに頼んで食事も運ぶ」
「……助かる」
「俺はゼインだ。お前は?呼び名がないと報告もできない」
「カナメ」
そう返すと、カナメは、比較的綺麗なシャドウルフの遺体を抱えてフルメアの隠れ里へ歩き出した。
「工房はドランっていう男がやってる。ミーコが案内してくれると思うが、幼い子供相手に睨むなよ?」
「……」
(また目つきが鋭くなってる……)
「おー怖い怖い。ちゃんとメリッサにも黙ってるから心配するなよ」
里の中で加工や解体を行う人の元へ魔物の遺体を運び込んだ後……
女性、おそらくメリッサさんによって里の中で一番大きい建物の中へと通される。
《驚いた、多分里で一番重要な施設のはずだ》
(信用された、のかな?)
《俺は変に気を使わないでほしいがな》
そしてその中の一番奥、暖炉がついておりベッドが一つだけ。
プライベートが確保されたしっかりとした部屋だ。
《ゼインという男、やっぱり俺の正体が勇者だって気付いてたか》
最初も運ぶ時も会話していた火傷痕の男の事についてカナメはそのように考える。
(大丈夫?出ていった方がいいかな?)
《いや、いい。あの様子だと言いふらしもしないだろう》
そういいながら、カナメはおかれていた水桶とタオルを手に取る。
(あ、ようやく体洗うの?)
《まあな。いままで立ち寄れる場所の付近に真水が無かったからというのもあるが》
カナメは水桶の中の水に手をかざすと、集中している様子になる。
おそらく魔力を感じ取って操っているのかもしれない。
パッションでなんか凄そうとしかわからないけど。
時間がたつにつれて次第に水が温まり、湯気が立ち上がる。
その熱は肌に優しく、温もりを感じさせるちょうど良いものだ。
中世だと水は貴重だから水ぶきしかしないと授業で聞いたことがある。
つまり、それ用の桶とタオルだったのだろう。
ここまでの一連の動きをみて、私は今までの魔法と用意された水についてとの相違点が思い浮かぶ。
(もしかして魔法で出したものって効果が終わったら勝手に消えちゃうの?)
私がこうやって聞いてる間、カナメは目を閉じ、魔法で湯を浮かせて全身をぼろぼろの服ごと体を洗う。
風呂に似た感覚なのだがちゃんとリラックスさせる時間すら取れないのは私がいるせいだろう。
《魔法によって定義を確立させてる間、魔力はずっと消費されるんだ。水車に水を注ぎ続けるようなものだな》
カナメの説明を聞きながら、私は改めて魔法の不便さに驚かされる。
(じゃあ、今まで魔法で体を洗えなかったのって、水を湯で出せなかったり火で温めたりとか出来ないからなんだ)
《そうだな……。まて、リコ。今まで洗うのを断念していたのはなんだと思ってたんだ》
(偽神討伐までの効率を重視した結果)
《確かに、向かう途中で池が1つあるから森の中の寄らなかったし、海水もかえってべたつくから無視したのはあるが》
(やっぱり、そうなんだ……)
そしてカナメは目を開けて、浮いているよごれた湯を魔法で桶に戻した。
そのまま風の魔法で暖炉で温まった空気を動かしドライヤーのように全身を乾かしていく。
《そもそも魔法で出したものは、相当な使い手でなければ”最初に定義した性質から大きく変えられない”のもあるからな》
(魔法も、万能じゃないんだね)
最後に、残った水滴もタオルでふき取って終わりにする。
服や髪が若干、生乾きの感じがするが着替えるので放置しているのだろう。
ここで扉がノックされる。
「衣服と食事を持ってきました」
「助かる。今、開ける」
食事はブレードラビットのシチューとパンだった。
メリッサさんは「間違いがないか確認を」と言い添えたので、カナメは食事をテーブルに置いてから、布袋の中身をあらためる。
中には、丁寧にたたまれた装備が一式収められていた。
シンプルな黒のシャツに、動きやすそうなズボン。
どちらも少し厚手の布でできていて、防寒にも適している。
さらに、毛皮や皮を使ったベストとブーツ、籠手、ベルトポーチまで——
「……俺はうれしいが、いいのか?」
カナメの問いに、メリッサさんは少し表情を緩めた。
「肉も皮も使えます。損傷が最低限で済む、丁寧な仕留め方をしてくださったおかげです」
カナメが何か言いかけたが、その言葉を制するように、メリッサさんは静かに続けた。
「……貴方がゼインを睨んだのも、彼に何か失礼があったのでしょう?」
メリッサさんとゼインさんの間に、何かあったのだろうか。
あまりにも冷たい口調に、私は少しだけ不安を覚えた。
「武人で、そこまで気が回る方は少ないものです。その追加報酬分として、お受け取りください」
「……そうか」
(やった! カナメ)
最後にメリッサさんは、汚れた水の入った桶を抱え、ゆっくりと部屋を出ていった。
カナメは早速着替えるのか食事をそのままに服の方を手に取った。
ちなみに着替えている間は、カナメの方が目を閉じたりそらしたりしてくれていたので本当に有り難かった。
異性同士である以上あんまり裸体を見るのは良くないもんね。
そして、食事を口に運ぼうと椅子に腰かけた際にこういわれた。
《今日はお前のアドバイスのおかげで報酬が良くなった。感謝は、してる》
(別に~?私は元から口うるさいし分からないことだらけで言ってることだもん。変だなと思ったら無視もできるでしょ?)
《……ああ》
ラビットシチューはかなりおいしかった。
あれだけワイルドな肉質だったブレードラビットもちゃんと煮込めばホロホロと崩れてじゅわっとうまみがあふれ、鶏肉に似た食感になるのには感動した。
(やっぱりちゃんとした食事のほうが心身の健康にいいかもね)
《お前が戦場に向かったら真っ先に音を上げそうだな》
(そりゃ、私にとって、戦争は遠い昔か、国から離れた場所の出来事だし)
そういう中、普段とは口元の感覚が違うことに気が付いた。
(……ん?ねえ、カナメ?)
「なんだ」
(今はちょっとだけ、笑ってない?鏡みてよ!)
カナメはそれを指摘されると無言でシチューとパンを掻き込み、最後に水も一気飲みする。
(あ、拗ねた)
さらに、ブーツを脱ぎ捨て、ベッドにうつ伏せで倒れ込んだ。
(ふて寝した!?)
「……黙れ。うまく笑えないから我慢してたのに」
(ええ!?ちょっと歪かもしれないけどそんなに気にするの?)
顔を枕にうずめているカナメの様子を見て、私は心の中で笑った。
戦場で孤独だった彼がこんな風にリラックスできるひと時と場所があることが、ちょっとだけ嬉しかった。