朝、目を覚ましたカナメは、翼を軽く伸ばした後木の上から飛び降りた。
なんか、怠いというか、よく寝た感じがしない。
昨夜の食事と短時間の休息で最低限の体力は回復しているけど……
完全に万全とは絶対に言えない感じがする。
それでも彼は翼を羽ばたかせて飛ぶ。
(……どこに向かうの?)
《イオス地方の森は危険地帯だが、草原と森の間に隠れ里がある》
(里?)
まさかの行動に私は少し関心する。
前日あれだけすぐに偽神を倒したがっていたあのカナメが、だ。
でも、それだけだろうか?
(昨日まですぐに偽神を倒そうみたいな感じだったのに、どうしたの?)
《お前が口うるさく文句を言うのが目に見えているからだ》
この言い方に思わずカチンときた。
あれだけ私が騒いだのはカナメが理由もなく動こうとしたからだ。
納得できたら何も言うつもりはない。
(カナメ自身の人生に興味なさすぎたからでしょ)
《口だけは達者だな》
カナメは一切表情を変えずに森の上を進んでいく。
主導権も彼である以上わがままに付き合ってもらってる側。
最低限動いてもらえてるだけで何も言い返せない。
《……向かう里は、追放者の集落でもある》
しばらく私が静かにしてるとカナメのほうから話が合った。
《追放者はイオス地方のラグリフィアの国教である“敬愛の信仰”から外れた者達だ》
(それって、宗教が原因で追い出された人たち?)
《そういうことだ。その追放者たちが、身を寄せ合って生きている》
(追放とかなんか、ラグリフィアってこわいね)
《そういう国だ。だが》とカナメが続ける。
《集落の追放された連中なら俺が何者かに気づいても深追いはしないだろう》
(滅茶苦茶に生活がキツそうな人たちだけど大丈夫なの?)
《極限状態だからこそ最低限の取引はできる》
今までのカナメは、本当に”何もかもどうでもよい”という態度だった。
そのため町の知識などは期待していなかった。
なのに飛び出てきた詳しい地域ごとの情勢に私は驚く。
(意外と詳しいんだね?)
《昔、勇者としての責務でここに来たことがあってだな》
ということは今までわかってて無視していたのだろうか?
そう思うと私はここまで報連相キッチリするカナメに関心と疑惑が湧いてきた。
(カナメがたった一夜でここまで変わるなんて、やっぱりおかしい……!)
《今から行くのをやめても良いんだぞ。偽神退治》
(ごめん)
やがて、木々が少なくなり、草原が見えてきてすぐの場所にひっそりと佇む村が見えてくる。
近づくにつれて木の柵で囲まれた土地の中に家が点在しているのがわかった。
(おぉ、思ったよりちゃんとしてる村みたい!)
《たしか、地図上では”フルメアの隠れ里”と呼ばれるだ。少し離れたところで降りて脱走兵を装って入る》
歩きでフルメアの隠れ里に近づけば、石と木材で作られた小さな家々が並ぶ集落だった。 所々に簡易的な畑があり中央には井戸がある。
小さいながらも、村としての機能は整っているようだった。
(脱走兵って、結構重罪な気がするんだけど大丈夫なの?)
《他所はまずいがあそこなら戦えれば受け入れられるだろう、法より我が身のほうが大事だからな》
カナメが出入り口に近づくと、数人の村人が警戒の目を向けてきた。
イオス地方の中の住民ならともかく、外部の人間が訪れることは珍しいのだろう。
「その服と剣……いや深くは詮索しない。タダの旅人か?」
「……そうだ」
(本当に受け入れてくれるんだ)
最初に声をかけてきて、交渉に応じたのは火傷痕のある中年の男だった。
弓も剣も持っているので用心棒の人のように見えた。
彼はこちらのほうを、正確にはカナメをじっと見つめる。
「ここに何の用だ?」
「代わりの衣服が欲しい。できれば宿も」
異世界初の交流などつゆ知らず、カナメは手短に答える。
男はカナメの全身を見て、一瞬だけ思案するように顎を無精ひげごと撫でた。
「……剣を持ってるということは腕は立つ方だな?」
「ああ、ここの流儀もある程度知っているうえで来ている」
「なるほどな。……なら、交渉次第だが、何か手伝ってもらうことになる」
男はカナメの話を聴いた後、しばらく集落の人たちと何か相談する。
やがて、男が戻ってくるとこちらに手招きした。
「里の周囲に森があるんだが、見ての通り戦える者が少ない。種類関係なしに数体仕留めてもってきてくれれば、衣服と宿を手配してやる」
「……いいだろう」
(やった!交渉成立!!)
「少し休んだらすぐに……」
「いやこのままいく、今日中には終わるはずだ」
「へ?あ、おい!?」
そして、男の好意を断り相変わらず効率プレーに突っ走るカナメを見て、私は心の奥底で大きなため息をついた。
《森、ということはブレードラビットのような獣魔属が大半だな》
さっさと森のほうに行ってしまったカナメを止めるのは理由がなければ無駄。
そんな気がして、私は体の無い体で溜息をついた。
その中でカナメの強い思考が聞こえてきて思わず言葉を返す。
(じゅうまぞく?)
《獣の姿をした魔物のことだ。肝心の”獣”の方は本でしか見たことがないけどな》
異世界でもそういう分類はしっかりしているがいまいちよくわからない。
この後があるのなら、学力よわよわなりに、頑張って勉強しようと心に誓った。
カナメが剣を構えつつ、森の中を進んでいくと、ガサガサと茂みが揺れた。
「来るぞ」
次の瞬間、鋭い牙を持った狼のような魔物が飛びかかってきた。
全身が黒い毛で覆われ、目が赤く光る。しかも3メートルはありそうだ。
(デカい狼!?)
《シャドウルフ。単独なら問題ない》
カナメは横にステップしながら、剣を逆手に持ち替えた。
そして、一瞬で距離を詰め……
——ザンッ
斜めに振り下ろされた剣が、魔物の首を断つ。
血しぶきが舞い、シャドウルフは地面に崩れ落ちた。
(一撃!?)
《まだいる》
さらに二体、茂みから唸りながら飛び出してくる。
しかしカナメは微動だにせず、冷静に剣を振るう。
「次」
刃が風を切る音と共に一閃。
もう一体のシャドウルフは地に伏す。
最後の一匹は怯んだが逃げる間もなく、カナメの放った魔法の炎の玉が直撃。
メラメラと炎に巻かれていった。
(おぉ、すご……って、ちょっと待って!?)
《なんだ》
焦げたり分かれたりした魔物を見て、私はカナメの説明を思い出した。
(魔物の死体、今みたいに大きく切ったり焼いたらダメじゃない!?)
《……面倒だ。倒せればなんでもいい》
(村の人が有効活用するかもしれないじゃん!食料とか、毛皮とかさ!)
カナメは少し考えた後、渋々と魔法の種類を切り替えた。
追加で向かってくる4体目、5体目のシャドウルフに氷の矢を一本ずつ、明確に弱点の首に放って倒していく。
この方法は比較的目と嗅覚にも優しい方法なので私も助かった。
(よしよし、それでこそ!)
《いちいち口うるさいな……》
シャドウルフの集団を片付けた後は巨大な熊がよだれをたらし、唸り声を上げながらこちらに突進してきた。
(きゃあああ!!人食い熊!!)
《グルムシャベア。図体がデカいだけだ》
カナメは愛用の片手剣を仕舞う。
「大剣、頼む」
(あ、うん)
慌てて私が神器の大剣に変形して持たせると、カナメは深く息を吸い込んだ。
そして、まるでハンマー投げのように大剣を振り回しながら、グルムシャベアへ向けて力強くたたきつけた。
大剣の刃面が、宙を飛ぶグルムシャベアの鼻先に当たり、衝撃とともにその巨大な身体を吹き飛ばす。
グルムシャベアはそのまま、背中から巨大な幹に衝突し、二足歩行に近い形で一瞬だけのけぞる。
その直後、カナメは素早く氷の矢を放ち、グルムシャベアの首元を的確に射抜いた。
(すっごい力持ち……)
《邪魔になる、戻れ》
(あ、はい)
この後も、音や臭いを嗅ぎつけて襲い掛かる獣魔属ら、獣のような魔物たちをカナメがたった一人で倒していく。
森の中はカナメの独壇場であった。
そして、討伐を終え森に静寂が訪れた頃。
カナメが魔物の遺体を魔法で持ち上げて開けた場所に成果確認のためにまとめて並べ始めた。
(はぁ……ようやくひと段落だね)
殺生に慣れない私は目の前の光景が片付いて大きくため息をついた。
《このくらいで騒ぐんじゃ先が思いやられる》
(これでも妥協してるんだって!!)
一つの体に魂が二つ、しかも片方は見ているだけなのだから本当に大変だ。
主に衣食住の適応や文化の違いと新しいことに関する戸惑いが次から次へと出てくる。
だからこそ、あくまでも経験豊富で手際のいいカナメが表で本当によかった。
もしカナメと私の立場が逆だったら?と思うと生活の方法や両方とも耐えられなかったと思う。
「いい機会だから収納を試すか。さっき集落に入ったみたいに少し離れた場所でまとめて並べておけば深堀はされないはずだ」
(うん、念のため一回出し入れ練習させてね?)
収納!と念じると一瞬、魔物の体が光に包まれ、気が付けば空間から消えていた。
こういう形で、意思である程度の調整ができるようだ。
(これ、生き物は収納できないかも)
《妥当だ。まだ動くゴーレムが物として認定されたら町中にモンスターを持ち込めることになる。もしそうなら大惨事だしな》
(確かに……、ちょっと早い気もするし戻ったら魔法で中吊りにして血ぬきだけはしておこう?出来るだけ、そっちを見ないでほしいけど)
《できたらな》
移動中。相変わらずカナメの言動はつめたかったが、最低限のやり取りはしてくれるために私もついついおしゃべりしてしまうのだった。