気が付くと白く、果てしない空間。上も下もなく、ただ光に包まれた世界にいた。
ぽつんと3つの椅子とテーブルが置かれているのが気になるけども無に等しい空間だった。
その椅子の1つに座るただの少年の姿をしたナニカ。
「……ようやく出会えた」
先ほど、”引き上げる”と言った声の主であると同時に、人間らしさを感じることができない。
言葉の響きは何か大きなものの意思そのものだと否応でも理解させられる。
「ここ、って?」
「創造神たるボクの神域!菓子は出せないけどまずは座ってよ」
そう言われたとき、私の体も戻ってることに気が付いた。高校の制服だ。
横を見ると魔王化する前の姿、金髪碧眼のカナメが髪や手を見ている。
そして私を表情の変化こそ少ないが驚いた様子で見ている。
「……リコ。あんた人間だったのか」
「ちょっと、女の子の姿みて第一声が”それ”なのはひどいよ!?」
そして、私の姿を見たカナメの発言にショックを受けたので思わず言い返してしまう。
創造神はクスクスと笑うのでこれ以上言い返す気は起きなかった。
「聞きたいことがたくさんあると思うけど、まずは二人共通の事象から説明させてくれる?」
私たちが椅子に座った後、少年は足のつかない椅子でぷらぷらと足を揺らしながら会話を続けた。
「まず、あの世界の本来の所有者はボク。君たちが打ち倒したのは、世界を蝕む”偽神”という存在だよ」
「この世界の本当の神様だけど今まで偽の神様に支配されてたって事?」
「そうそう!!アイツら、急にボクの世界に現れたと思ったら、駆除も出来ないままボクの力を吸い始めたんだ」
「えーっと、ガン細胞みたいな?」
「その例えが一番近いね」
異世界系なんていう物語が巷で流行っていたり、クラスの話題についていくためにまとめを見たりなんてしていたがそのおかげか何となくイメージはついた。
「……要するに外から入ってきた偽神が、創造神の力を一部を奪って勝手に暴走している、と」
「その通り!君たちがその偽神を倒したおかげで力が少し戻ったから今に至るんだ」
その確認でカナメはなにか合点がいったのかまとめてくれた。
正直、カナメは私よりも頭がよさそう。
なのでこういう時は簡単に説明しなおしてくれるのは助かった。
やっとの事で話題についていってる私に、テーブルに頬杖をつきながらにこにこと語る創造神。
それに対してカナメはため息をついた。
「世界を放置してるような、どんなクソ神かと思っていたが、事情があるなら仕方ないな」
「今度は正々堂々と不敬発言!?」
そしてとんでもない爆弾を投下するカナメ。
自由になったのはいいが今度はこういった面でかなり苦労するのではと心配になってしまった。
「君たちの基準に合わせたらボクは子供の病人だもん。全知全能の神の癖にね」
その不敬を前に少年の姿をした神は自虐気味に笑う。
私は寛容な神に感謝するべきかもしれない。
それに、その際の変化が敏感に感じやすいのはここが彼の領域だからだろうか?
不思議な感じがするせいでどうしても目の前の相手に緊張してしまうのに……
カナメは相変わらずだ。
「偽神なのに、創造神より、強いんだ……」
今のほんの少しでこの世界の状況が少しわかる気がして思わず私はつぶやいた。
少しして、創造神は頬杖をやめて姿勢を正して話始める。
「……リコ、カナメ、彼らがここに至るまで、どれだけの命を奪ったと思う?」
「え、えぇっと……勇者だけでも数十名はいそうだった、けど」
こちらの世界の総人口はわからないので答えに困る。
そこをすかさずカナメが答える。
「勇者と魔王の関係は何千年も続いてるし、文明が滅んだ回数も数知れないからな億は余裕で超すだろう」
ここまでの話を聴いた創造神は一度頷いて私たちに具体的な内容を語ってくれた。
「偽神は5000年の間に4億人を直接殺し、予定された99%の人が出生すら許さなかった」
「4億人も!?」
「このままいけば、1000年後に偽神に…いや、カナメが魔王になった地点で世界は滅ぶことが確定していたよ」
かなりハードな異世界だったんだなと想いながらも大きすぎて現実味がない話を聞く。
計算が得意ではないが、かなりの被害があったのだと把握するには十分だった。
「この世界の人はボクのすべてをばらばらにして与えたものだもの。ボクの現身に等しい」
そういう創造神に対してカナメは間一髪入れず続けて質問をする。
「魔法も人も創造神の理に関係するなら、人類が滅んだらどうなる?」
「完全に偽神に乗っ取られたうえで、力を吸いつくされた後に不毛の世界になっていたかな。すでに九割九分は奴らの手中だったけど」
それを聞いたカナメの表情が暗くなる、無理もない。
少しでも選択を間違えば全人類の処刑を行う魔王になる筈だったのだから。
「ほらそんな顔しないで。カナメの意思による行動の結果は、たしかに世界を救ったんだ。まさか人類を滅ぼすために呪った存在が偽神を倒しちゃうなんて」
創造神はそんなことを微塵も気にしていない様子で会話を続けている。
「それでね、君たちへできる範囲でお礼をしたいんだ。」
「お礼?」
「まずはカナメ、偽神に振り回されてきた君にはもう一度、勇者ではない人生を生きなおす権利があることを知ってほしい。その力を持ったまま、ね」
表情があまり変わらないカナメが珍しく目を見開いた。
それに続いて創造神は少し目を伏せるような、悲しむような顔をしながら言う。
「そして、リコはこの神域にとどまることを選べる」
その言葉に私は少し困ってしまう。私はこことは別の世界、地球の日本生まれ。
確かにここにいれば危ない目には合わないかもしれないが、なぜそういう言い方なのか気になる。
「もしかして、元の世界に、地球に戻せないんですか?」
「その通り、力がたりなくて……そもそもの話、リコがここに来たのも本当に偶然なんだ」
創造神は私をみて話を続ける。
「ボクが弱ってたときに、他の世界から落っこちてきたのが見えてきて慌てて取り込んだんだ……」
「落っこちて?」
「それで、ボクの世界は情報や概念を核に物質としての実物を与えてるから……」
「……その情報がおかしかったからあのスライムだったの?」
「うん、本当にごめん。ただ世界のない虚無をさまよわせるのも酷だったから」
創造神ですら虚無をさまようか、スライムとして生きるか究極の二択に迷う羽目になるとは。
「そんな……」
ただ、通学路を歩いていたらいつの間にか別の世界に飛ばされてしまったし帰れなくなっているとは。
カナメはあれだけ自由を望んでいたのだから自分が助けてほしいだなんて言うのも違う。
「チキュウに、返せばいいんじゃないか?」
しかし、私が困っている中カナメは迷わず答えた。
「こいつは戦いが苦手だから危険な場所に置くべきじゃないし、ここでじっとしていられないだろう」
「カナメ!話聞いてたの?力がたりないって」
「俺を殺せばいい」
「えっ」
「さっきの話を考えるに、この世界で創造神が使う能力やリソースはこの世界の人間に分配しているんだろう?」
「まって?なに、言って……」
「俺の力をそのままあんたに返却すれば足りるはずだ。あのラメンティスより上だからな」
「カナメ、確かに君の言う通りだね、ボクは、気が進まないから言わなかったけど」
「俺にはもう帰る場所なんてない。第二の生、ましてや未来なんて望んでいないんだ」
カナメは本気だった。
帰る場所がないなら、ここで消えてもいい。
そんなふうに考えている。
「そんなの、ダメ! カナメは私が助けたんだから、勝手に死ぬとか言わないで!!創造神さんもなんかいってよ!」
「……」
創造神が何も言わず視線を伏せる。それだけで、”その方法が出来る”と示してしまう。
私は必死に考える。カナメを助けるのは私の勝手な願いだ。
自分が助かるために助けたんじゃないかと言ったらそれまでだけど、ここまで来て見捨ててしまいたくない。
カナメも、私も助けられる方法は何かないか、それを考えた末に一つ、思いつく。
「……だったら、もう一度、偽神を倒すのは?」
「は?」
カナメの驚いた声が何もない空間に響いた。