気づけば、私たちは別の場所にいた。
冷たい空気。湿った石の匂い。さっきまでの廃墟の広間とは違う、どこまでも続く暗い回廊。壁は奇妙な模様が刻まれ、どこまで続いているのかも分からない。
(迷宮……?)
「魔法によって作成された迷宮だな」
カナメが呟く。まるで答え合わせでもするような声だった。
(魔法の……?)
少し間を置いてカナメが答える。
「魔導迷宮、一言でいうと異空間だ」
(そんなのアリ!?)
「……試すか」
カナメは何もない空間を斬り裂くように無言で剣を抜いて振るった。
——ザシュッ!!
その刹那、世界が”弾けた”。
「くっ……!」
視界が乱れ、床がぐらつく。一瞬だけ暗闇が広がったかと思うと、また同じ回廊に戻っていた。
(なに!? 今の!?)
「破壊された空間は修復されるように定義されているなら、次は……」
私が驚いている中、カナメは説明もなくわざと壁に手をつき、ゆっくりと歩く。
次の瞬間
(……あ!!)
カナメの体が、壁に沈んだ。
まるで液体に溶けるように、手が壁の中へ吸い込まれていく。
手の感覚は消えていないので壁を貫通しているとでもいうべき状態かもしれない。
(カナメ!?な、何がどうなって)
「さっきからうるさいな。魔力による異空間なんだ、無理やり壁を突破するだけだ」
(そんなゲームのバグみたいな……)
確かゲームのバグを見つける職業とかがあると聞いたがそんな感じなのか?
もしくは作る側かもしれない。今見せられてる光景はそうとしか思えない。
《バグ?虫?》
(あ、ううん、何でもない)
飛び出た現代用語は多分カナメにはわからないだろうと慌ててごまかす。
そもそも説明に必要な前提が多すぎる。
《ともかくだ、発動時の定義が破壊出来ればどんな魔法も壊せる》
(えーっと??)
《リコが呪いを壊したのと原理は一緒だ》
(……ごめん、わかんない)
《“生物は壁を通れない”と定義されている部分を俺の魔力で書き換えて壊した》
(説明が雑!?というか魔力もう回復していたの?)
《実戦で魔法を使うとき気にするべきは瞬間的に使用できる量だけだ》
(わぁ、強い)
さほど苦労せずに迷宮を突破した瞬間、空間が弾けるように崩壊したが……
「お前はまだこの状況に迷いし旅人、疑念を抱える限り何度でも魔王へ導こう」
《まだ魔導迷宮の中か》
今度は壁も何もないため、先ほどのように魔法で定義を書き換えて破壊ということは出来なさそうな場所だ。
神の姿はみえないが声だけが聞こえてくるために警戒を解くことはできない。
カナメは剣の柄を握り姿勢を低く落とす。
「やがて人類を滅ぼす存在になれってことだろう?……寝言は寝て言え」
「哀れ、私たちがエスカトニスの日を乗り越えれば世界は救われるだろう」
「被害を受けるのは神だけなんだから人類を巻き込むな」
「しかし今の人類の理は乱れている、よってすべての浄化をしエスカトニスの日を乗り越えた私たちが新人類を構築しよう」
暗闇の中でも姿を見せる邪悪な影は救いの言葉を述べるが、その言葉の裏は
(本当に、神だけが助かればいいんだ……)
人間の敵、人間が明らかに関わってはいけない存在だと思わせてくる。
「魔王とはその浄化の礎。名誉なことです」
「余計なお世話だ」
ソレに対してカナメが低く呟いた。
「やがてこの世界は新たな秩序へと回帰するでしょう」
「もう、運命やら模範の秩序なんかに、そんなものに従うつもりはない」
「貴方が足掻いても無駄です。正しき神の一柱たるラメンティスの権能は万能そのものなのですから」
(どうしよう)
《……いや、万能とは少し違うな》
カナメは剣を構え直す。
「お前の魔法の根源も、悲嘆だな?」
「……ほう?いかにも。ですが、悲嘆からくるすべてを扱えるに等しい、私こそが世界の悲嘆。すなわち、神」
カナメの表情は冷静そのものだが、体にじわりと汗が滲んでいるのが分かる。私の血液が循環する彼の体内で、わずかに心拍が上がった のを感じた。
「私の名はたしか、ラメンティスと呼ばれていたか」
ラメンティスの声が、妙に楽しそうに響いた。
《魔法の根源そのものが神だなんてな》
魔法の根源がなんなのかわからないが、とんでもない何からしい。
「さあ、まだ出られないなら私から行きましょう」
カナメが不味いと判断したのか即座に、前に踏み込もうとする。
——ズズンッ!!
見えているすべてが拒絶するように弾けた。霧が巻き上がり、闇が広がる。カナメの足元が揺れ、重力が逆転したように意識が吸い込まれる。
「”神が定義いたします、勇者は魔王です”」
「チッ!!」
ラメンティスの声とカナメの舌打ちが響いた瞬間、カナメの姿が、消えた。
視界が切り替わる間際、私は喉もないのに叫ぼうとした。
けれど、ただ震えるだけで、何も声にならなかった。