2話 ボッチTHE魔王戦

偽神狩りのオリヴォスフィア

 青年は廃墟を進む。割れたステンドグラスに、破れ汚れた赤いカーペット。

 ここまでボロボロなのに小綺麗なのがかえって生活感があるように思えない。

(五感が共有されてるVRの映画みたい……)

 隙間風が頬を撫でる感覚も、緊張で汗が流れる感覚も、ブーツ越しで瓦礫を踏む感覚も、すべてが本物。

 盲目よりかはマシだが、自分で首を振って周囲を確認することが出来ないのは地味に辛い。

 そして、いかにもな扉を開けた先。

 体中に怪我があってボロボロの姿で座る青年の姿。
 紫の石に金色の装飾の杖を持ち、蝙蝠羽根の片方は中途半端にちぎれていた。

 長く伸びた黒い髪と1対の冠を思わせる大きな黄金角が一種の美しさすら感じさせる。

「馬鹿な、復帰が早すぎる……もう少しもつと思ってたのにな」

 そう言い放つとともに開かれた赤い目と端正な顔は、疲労と困惑の表情をしていた。

「俺は悪運だけは強いみたいでな、死に場所も自分で選ばないといけなくなった」

「……予言の日が来るまで、倒れるつもりはなかったんだけども」

《予言の日?たしか、神々が滅ぶとかいわれてるエスカトニスのことか……》

「でも運も実力のうちともいうし、君に賭けられるといいね」

 玉座の奥で魔王は立ち上がり……青年は赤絨毯を踏み越えて接近する

「この状況で俺に賭ける?訳が分からない」

「倒したらわかるよ。さあ、始めようか」

 魔王が杖を構えるとき、ほんの一瞬だけ杖に重心を預ける。

 全身傷だらけのはずなのに、その目は鋭く、まるでこれからが本番だと言わんばかりの気配を放っている。

 魔王が杖を、”コン”と床についた瞬間、空間が歪む。

 石造りの床が波のように揺れ、まるで水面に映る景色が揺らぐように、視界そのものがねじれる。

《……空間歪曲の魔法? 見た目だけの幻覚か、それとも物理的な干渉か……?》

 考える間もなく 無数の炎弾が弾け飛んだ。

 四方から放たれる紅蓮の魔法。

「チッ……!」

 勇者は剣を振るい、 魔力を乗せた斬撃で炎を切り裂くとともに舞う火の粉。

 一撃ずつ正確に捌き、魔王に接近することを意識する。

(歴戦の人の目線ってこんな感じなんだ……酔いそう……)

 その際にバク中したり体を激しく回転、方向転換する。

 これが本当のVRで私に胃袋があったらひっくり返っていたと思う。

 次の瞬間、足元が急に消失した。

「しまっ!?」

(きゃー!?床が……!?)

 地面が抜け、体が落下しようとする。

 ——否、これは魔法による錯覚だ。

「動きが止まったね」

 魔王の声と同時に、今度は雷撃がこちらを貫こうとする。

 火の粉も相まって皮膚がひりひりする感覚や、緊張からくる喉の渇きも本物なのが怖い。

 命がけの戦いから目をそらせないせいで怖いとすら感じてしまう。

(この人を助けようとしたのは私。しっかり見ないと)

「……っ遅い」

 青年は体をひねり、落ちるような違和感を無視して魔王へと踏み込む。

(ウソ、あの一瞬で地形覚えてたの!?)

 青年が魔力を込めたのか、鋼の剣が雷撃を切り裂きながら一直線に魔王へと迫る。

「ほう……」

 魔王が杖を横にかざすと、風の衝撃波がこちらを吹き飛ばそうとする。

 しかし寸前で 魔力障壁を展開し、衝撃を最小限に抑える。

 そのまま、素早く間合いを詰め、青年は魔王の懐へ飛び込んだ。

 剣の刃が魔王の体に届く瞬間——

「甘いね」

 魔王が指を弾いた。

__パチンッ

 次の瞬間、 爆発的な魔力が噴き出すのを肌で感じた。

 まるで世界そのものが揺れるような衝撃。

 私がもしここにいたら立つことすらできなかっただろう。

 魔王の杖が光り輝き、空間がさらに歪んでいく。

「君は強い。けどね、今の僕は魔王だ」

 魔王の体を中心に、暴風のような魔力が吹き荒れる。

 巨大な魔法陣が形成され、周囲の空間すら崩壊しかけている。

「自分ごと終わらせるつもりか……!?」

 青年が剣を握り直し、魔力を限界まで高めるのを感じる。

「この魔法で、君ごと消し飛ばす。それしか道がない」

 魔王からあふれる魔力の向かい風はもはや防壁のようだった。

「壁抜けは、得意分野だ」

 それを前にしてもこちらの剣はその防壁を越えた。

 そのまま、魔王の胸を貫く。

 いやな、かんしょくがした。

 剣の先から、温かくて重い「いろ」があふれていた。

 見たくなくて、私の思考が一瞬遅れた。

 しかし、青年の目線が上がったおかげで、なんとかマシになった。

 魔王の目は驚きと呆然によって見開かれる。

「……ああ、そうか。次こそは耐えてくれ」

 光が弾け、魔法陣が砕け散る。

 空間の歪みが収束し、魔王の魔力が消え去る。

 剣を魔王から引き抜き、膝をついて息を整える。

 胸から赤を漏らす魔王は、薄く笑った。

「訳が分からない」

 勇者の冷酷な言葉に対して魔王は、静かに目を伏せる。

 かすかに笑いながら、最後の力でかすれた声を紡ぐ。

「……君なら……何かを変えられるかもしれないね」

《(何を……?)》

 答えを聞く間もなく、魔王はそのまま 静かに崩れ落ちた。



 戦いは、あまりにもあっけなかった。元々、魔王はすでに消耗しきっていたため。

 傷だらけの身体は限界に達しており、彼の一撃を受け止めることすらできなかったのだろう。

 しかし最後の言葉が、妙に引っかかった。
 次こそは耐えてくれ、と言われた時青年の背筋に嫌な寒気が走った。

「……どういう意味だ?」

 青年は呟きながら迷うそぶりを見せたが、魔王の所持品を探る。

 中世ヨーロッパみたいなファンタジーって倫理観無いって聞くけどそんな感じなんだ。

 漁るのは案外早く終わる、いかにもな一冊の古びた手記を見つけたからだ。

 皮装丁の、時間が刻まれたようなそれ。

 開いた瞬間、長い年月をかけて記された過去の記録であることがわかった。

『勇者は人類を滅ぼすためのものだった』

『神はエスカトニスの日が訪れれば滅ぶ』

『なら、それを引き起こすのは何なのか?』

 まとめるなら初代勇者から続く、代々の魔王たちの記録。

『エスカトニスの日、予言の真の内容は人類はやがて神を殺すというもの』

『神はその日が到達する前に人を支配することにした』

『時には勇者という象徴とし、魔王という人類を滅ぼす保険に__』

 その内容を目で追うにつれ、彼の指先が冷えていくのを感じた。

《……これが真実なら、俺が倒した魔王は前の勇者ということになる》

(私、この世界の人類滅亡を助けちゃったってこと??)

《勇者が魔王を倒す更新が必要なのは、人類の発展性に合わせるためだな》

(この人が治らなければ、世界は滅ばなかった?)

《認めたくないが、勝っても負けても理にかなっている、としか言いようがない》

 魔王は神による、人類を支配し、滅ぼす呪いの結果。

 勇者は魔王を倒した地点で次の魔王へと変貌する運命にあった。

『今の人は、神に抗えない。それこそ彼らの力を持つ勇者以外』

 そして、歴代の勇者たちは、それを 知った上で抗い続けた。

 何度も、何度も。

 それでも、誰一人として魔王化や破滅を止められなかった。

 手が、無意識に強く握りしめられる。

 指先が震え、関節が軋む音がする。

「……嘘だろ」

 その場にしゃがみこむ。

 震える指先で、もう一度手帳をなぞる。

 彼の心臓の音や冷や汗がつたい落ちる感覚が、指先や口の震えが私に絶望を伝えてくる。

《こんな馬鹿げた話があるか……》

「……ふざけるな」

《何百年も、何千年も、ただ同じことを繰り返してきたっていうのか?》

「……ふざけるなッ!!!」

その瞬間—— 背から全身へ広がるように激痛が走った。

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