9話 偽神狩りへ

偽神狩りのオリヴォスフィア

「どうしてそうなる!?」

 驚いたカナメは私に声を荒らげながら言う。

 あまりにも迫力があったので肩が跳ねたがここで引く気はない。

 椅子に座ったまま、膝の上で重ねていた手を握って肩にも力が入る。

「今ここである物を使ったら手っ取り早く解決できるけど、この後は?」

「それは……」

「そもそも、私は助けられて今がある。その二人に命をかけてもらうほどの人じゃない」

 カナメは言葉を失ったように目を見開いた。喉の奥から、かすれた息だけが漏れる。

「私が、カナメが生きなくていい理由にはなりたくないの」

 今は体が別々のため、彼が何を考えてそこに至っているのかはわからない。

 だけど、彼の心をかき乱すような何かを思い返したのかもしれない。

 次に私は創造神を説得できる出来事を必死に頭の中でかき集める。

「創造神さん、カナメ一人だと偽神の討伐は難しいかもしれないけど、あの状態の私がいれば、カナメを偽神の呪いや魔法から守れるよね?」

「そうだね。リコはこの世界とは理が違う存在だから、偽神や僕の行える干渉に限界がある」

「やっぱり!」

 だからあの時のラメンティスは私とカナメを引きはがすことを選んだんだ。

 私がとっさに戻ったからラメンティスの目論見であるカナメの魔王化は失敗に終わったけど。

 だったら今回もそれに似た状況、偽神との対峙を理由にできれば良いはず。

「リコ、何をしようとして……」

 カナメの声に私は彼をまっすぐ見て言い返す。

「もし、カナメが本気で今終わってもいいって言うなら自由を先延ばしにしてほしい」

「おい、まさか」

「確かにこの世界は日本よりずっと過酷。でも偽神を討伐すれば、創造神さんもなんとかなるんだよね?」

 ああ、どうか戦いに関する恐怖が悟られませんようにと、握った手が震えてるのも……

 誰かの死を目の前にして涙が出そうなのもごまかして、私は彼を必死に説得した。

 戦ったら一緒に死ぬかもしれないけど、戦わなければ目の前の一人が死んでしまうため。

 …この話を聴いて先に声を発したのは創造神だ。

「ラメンティスとは違って、他の偽神はしっかりと統治と支配を行ってる。かなり過酷な旅になるだろう。それでも?」

 創造神は私の方を見ている。彼には恐怖も何もかも見透かされている気がする。

「覚悟は、出来てます」

 ”覚悟”なんて、軽々しく語っていい言葉じゃない。

 けれど、そこまで向き合わなきゃ変えられない。

 だから、私は喉から絞り出すように覚悟を誓う。

 それに、ここまで言ってもカナメが断れば何もできない。

 例え彼と同等の超人的な力があっても私には冷静に敵に対処できる気がしないからだ。

「もし、二人がそれでいいのなら、ボクは全力で君たちを支援すると誓うよ。ボクの一部に過ぎない小さき者と外のひとかけらだからこそ、その覚悟を拾いたい」

 創造神の同意の後、カナメは長い間沈黙していたと思う。

 己の人生をまた誰かのために使うのだから、彼の今後の苦しみを想えばこちらまで胸が痛むほどだ。

 それに、たとえ創造神や偽神が関わったとしても彼の命は彼の物だと思う。

 だからこそ、完全に逃げ道をふさぐことはできなかった。

「わかった、偽神の討伐に乗ろう」

 その言葉を聞いて、私は肩の力が抜けてほっと胸をなでおろした。

「まず、支援の方法なんだけど、カナメ一人にこれ以上力を注ぐとボクがカナメに吸収されちゃうんだ」

 偽神の討伐の方向に定まり、創造神の協力についての話し合いを進めていく。

「悪いが、神そのものにはなりたくないな」

 偽神の被害の話を聴いた後のため、このようにカナメは即答する。

 それに補足するように創造神が答える。

「うん、だからリコにはボクが貸し出す力の一時的な入れ物、並びに調節や発動の権限を持ってほしいんだ」

「つまり?」

「リコ自身がカナメの得る新たな力であり武器ということ。もちろん終わったらちゃんと戻すよ」

 創造神の提案に対してカナメは少し遅れて意見をする。

「ちょっと待ってくれ、別の世界とは言え罪人でも武人でもない人間を武器にするのはあまり……」

「あっちだとカナメの一部みたいなものだし今更じゃない?」

 私の言葉にカナメの眉がかすかに動いたので、”かなり嫌”なんだろうなと感じ取れた。

 ここに来た時には人間だったのか?って聞いてきたし……

 得たいが知れないから諸共討伐とか考えていたので不快なのも仕方はない。

 しかし私は地球に戻れないし、カナメが私を理由に自殺するよりかはマシである。

「ふふっ。ラメンティスが支配していたトレヴァ地方はすでにボクの管理下に置かれている。そこで試しにやってみてよ!」

 そういうと少年の姿が輝きだし目を開けることが出来なくなってくる。

 そして、次の瞬間、目を閉じているのにも関わらず視界が光に包まれた。

「…なるほど、こういう事か」

 気がつけばカナメと感覚を共有する形に戻っていた。

 しかも、彼の姿は黒髪、舌に尖った歯が当たる感覚がある。

 見えている情報からはほぼ人間だが、もしかしたら赤と青のオッドアイもそのままかもしれない。

(こういうことって、何が?)

 私が効くと、カナメがいきなり右手人差し指の指先を牙で傷つけた。

(痛い!?急にどうしたの!?)

《リコ、今なら創造神が言ってた武器に変形できるんじゃないか?》

 その言葉に私はハッとする。そういえばカナメの血液が私なら彼の体から出れば行けるのでは??

(ふらふらしてきたり頭が痛くなったらすぐ言ってね?)

《ああ、わかるとは思うけどな》

 無駄に自由自在な部分を何とか動かしてみると、右手にカナメと同じくらいの巨大な大剣が出来上がった。

 カナメはそれを掴み、表面を二回ほど軽くたたいた後で何度か素振りをする。

《感覚としては俺の体の延長に近いな、まったく重くないが……》

 そのまま、大剣を地面にたたきつけるように振り下ろす。

 今回はちゃんと力を込めたのか大剣が空気を切り裂く音とともに床にたたきつけられた。

 その瞬間、衝撃が地を這い、床に無数の亀裂が走っていく。

 カーペットなどはさすがに無傷だが、ひびはクモの巣状に廃墟の床へどんどん広がっていく。

(ちょ、まって?カナメ、今の不味いよね!)

『おー、飲み込みが早いね!因みに怪我しなくてもリコの意思で使えるようにしてるよ』

《それを先に言え》

 崩れそうな廃墟の上で、武器取り出すのに指を切るのは漫画でよく見る異能力バトルものっぽくて、ちょっとかっこいいなぁとか思ってた私もバカだった。

 こんなことを考えているうちにあちこちからパリンとガラスが割れるような音がしたからだ。

(私、建物がゆがむとガラスが割れるって聞いたことあるんだけど……こんないっぱい聞こえるのって??)

《すまないやりすぎた》

(もとからぼろぼろの廃墟だったのに、倒壊寸前ってことじゃん!?)

『その大剣もそうなんだけどリコにはね、飛行と収納の能力も付けたからうまく活用してね?』

(わああぁー!倒壊に巻き込まれたら絶対痛いどころじゃないって!!カナメ飛んで!早く!!)

 私はカナメの持つ大剣を引っ込めた後にやけくそにスライム部分を動かした。

 飛び方がわかるはずないため、魔王化した際の翼を参考に背中に集めてみる。

《リコ、出来てるから落ち着け》

 ぼろぼろの衣服のまま、カナメは頑丈そうな柱に向かって助走をつけ、柱を蹴る勢いとともに、魔王がいた廃墟が沈むように崩れ始める。

 その次の瞬間バサリと音が響き、ぐんぐん上昇していく。

(す、凄い、本当に飛んでる……)

『ここを出たら僕の声は届かなくなるから、それまで練習しておいてよ』

 派手な砂埃から離れて、羽ばたきと共に黒い羽根が舞う。

 魔王化の時に生えた蝙蝠羽根とは違って鳥みたいにちゃんと羽毛に覆われているらしい。

《このままいく。イオス地方なら人の出入りも激しいし別の偽神の手がかりも手に入るはずだ》

(カナメ、私も感覚を共有してるからせめて最低限人並みの生活は整えて!?)

『イオス地方か……。そこは恍惚のエクスタシスが統治してるみたい、詳しい情報までは提供できないけど』

《ということは最も討伐しやすい、見つけやすいのがエクスタシスか、名前は把握した》

『そこでは僕の声を届けられないし全部は見れないけど、頑張ってね~』

 私たちはこれから偽神を倒す。

 それなのに何というか、カナメの効率主義というか合理主義な部分に振り回されたような見切り発車の旅立ちだった。

 私も勢いに任せたところはあったために心配は絶えないけど、何とかなるように必死についていくしかなかった。

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