13話 ラグリフィア

偽神狩りのオリヴォスフィア

 フルメアの隠れ里を出発……といってもカナメは早朝に軽く会釈した程度。

 特にゼインさんやメリッサさんと言葉を交わすことなく、出ていってしまった。

 そこから昼前くらいまで、人目を避けた飛行と徒歩を何度も繰り返した。

 ついにイオス地方の首都、ラグリフィアの外門にたどり着く。

 大陸全土が領土のため、国名がイオスである、といった方がしっくりくるかもしれない。

(おおお……なんか、すごい。めちゃくちゃデカい壁!)

《世界の中心と言っていい場所だからな》

 遠くからでもわかるその巨大な城壁と、都市全体を覆うように広がる白い建築物の数々。 そこには、かつてのカナメも足を踏み入れたことがあったという。

(宗教国ってもっと怪しいイメージだったけど綺麗だね)

《今のを通行人に聞かれたら過剰派に反逆者扱いされて暗殺されるぞ》

 カナメは、門を見上げながら短く念話で言った。

(えぇ……こわっ。やっぱり宗教が絡んでると複雑そう……)

《そういう国だ。……他所でも余計なこといわずに口は慎めよ》

 門の前には、入国を待つ人々の長い列ができていた。

 荷車を引く商人、武装した傭兵、家族連れの旅人。

 彼らの間を、装飾の施された白い鎧をまとった聖騎士が巡回している。

(あの人たち、強そう)

《ラグリフィアの守護騎士団だ。魔法と剣技の両方に長けた精鋭部隊。……まあ、今の俺には問題ないが》

(いや、あの、そういうのはいいから!?)

 倒せるか倒せないかを判断の基準にするのは何故?

 元軍人ならあり得るのかもしれないが。

 私のツッコミのあとカナメは無言のまま、列の最後尾についた。

 しかし、私は待ち時間が長いのは少し苦手だ。

 現代でスマホ片手にコスメのショップに並んでた生活が恋しくなってくる。

(そういえばカナメは、前に国に来たことがあるって言ってたけど何してたの?)

《まだ5人も進んでないのに話しかけてくるのか……》

 カナメはしばらくしてから答えた。

《昔、勇者だった時、ここで”剣を抜く儀式”をやらされた》

(剣?)

《勇者就任式。中心の教会前の祭壇に台座がある。そこに刺さっている剣を抜くことで、勇者であることを証明する》

(えぇ!伝説の剣引っこ抜くみたいでめっちゃかっこいいやつじゃん……!)

《……馬鹿馬鹿しい。政治の道具でしかない》

(そんなはっきり言う!?)

《壁内の安全性と教えの正しさの証明、住民の士気を高めるための形だけの儀式だ》

(カナメ……)

《剣は誰でも抜ける。勇者なんてもう二度と生れない方がいい》

 全人類を処刑するための魔王にされかけたのだからそのように返すのも無理はない。

 私が言葉を返せずにいると、門番担当の騎士から「次」と冷たい声で呼ばれた。

 カナメは特に気にせず前を向いたままだった。

  門を通り抜け、カナメと私はラグリフィアの中心地へと足を踏み入れた。

(壁もそうだけど内部もすっごい綺麗……!白い石畳、整備された街並み、おしゃれすぎない!?)

《ラグリフィアは、世界で最も秩序が保たれた都市だ。魔法石を利用したライフラインも整っている》

(魔法石!?魔法のワープとか、街の中でできる感じ?)

《よくわかったな。魔法石を利用した転移システムで、教会が信徒のために導入を推進したらしい》

(そうなんだ……あ、これが転移システム!?)

 私が発見したのは、街角に設置された転移魔法陣だった。

 直径三メートルほどの円形の基盤に、なんだかよくわからない模様が刻まれている。

 その中央に埋まった石が青白く発光すると……

 近くにいる人々が次々と別の場所へ転移していく。

(うわ、めっちゃ便利じゃん!?)

《ただし、使用には教会の”許可紋章”が必要だ。基本は此処に住所を持った、信者のみ開放されるからな》

(つまり、信者や住民じゃないとダメってこと?)

《ああ。特例で貴族や有力商人も利用できるが、基本的には教えに従う者のみが優先される》

(なんか、めっちゃ管理されてるね……)

《犯罪者や反逆者が、転移システムを使って逃げ回ったら大惨事だからな》

 続けて街の人々を観察してみると、皆が中央の大きい教会へ向かっていることに気付く。

 信仰深い国の住民が教会へ行くのは何かの用事だろうか?

(ここの人たちってお祈りとかで時間ごとに中央の教会にいくの?)

《いや、それはないはずだ。多分この日たまたま教会で何かするんだろう》

(偽神エクスタシスの情報を掴めるかもしれないし、私たちも歩いて行ってみない?)

《どうだか、教祖リリアによる有り難いお言葉と敬愛の賛美歌から始まるのに待てるのか?》

(歌とか、劇とかならちゃんと見れるのにひどいよ!)

 街の人々の流れに沿ってカナメと一緒に教会前の祭壇に向かっていく。

 その時にカナメの視界の端々に見える人々の、これからを楽しみにするような表情に純粋に共感できず違和感を感じてしまう。

 ——気のせいだよね?

 私はそう言い聞かせてカナメの行く先に、ろくに動かせない体を預けていった。

 鐘の音が響き、祭壇の広場に静寂が訪れる。先に出たのは、中央に杖を持った男が2名。

 前の方にはずらずらと守護騎士団が整列する。

「静かに!教祖リリア様の啓示であられる。信者たるもの、私語を慎み敬愛のもと祈りの体制を!」

「そうでないものでも、リリア様の言葉をさえぎることのないように!」

(すごい、マイクもないのにこんなに離れてるのに声が届いてる)

《まいく?……ただ風の魔法で音を拡散してるだけだ》

 その間をゆっくりと進みながら、一人の女性が現れる。

 左腕に包帯がちらりと見えたが、すぐに祈る体制になって隠された。

 結果、彼女自身の美貌に目が向いた。

 少し前のカナメよりも色が薄いブロンドでゆるくウェーブした髪。

 まるで光そのものを纏うような神秘的な女神を思わせる雰囲気。

 だけど、創造神のような無邪気さはなく、ラメンティスのような冷たい威厳ではない。

 どちらかというとすべてを包み込むような優しさと温もりに満ちている人。

「皆さま、ご傾聴を」

 彼女の鈴を転がしたような声が響く。その瞬間、信徒や街の人たちは一斉に跪いた。ザッという音が広場に響き、誰もが顔の前で手を合わせる。

 カナメも含めた商人や旅人たちは、信徒ではない者たちは静かにその場に立ち尽くしていた。

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