魔王がいた廃墟のあった土地、トレヴァ地方を昼過ぎに去った後。
いくらか飛び続けて行くうちに海を抜けていった。
森林地帯につくころには満天の星空がきれいな夜中に。
夜風に当たって空を独占できることは確かに心躍らされるほどに好きなのだが……
私は、カナメの体が不調を訴えるせいで気が気ではなかった。
(……カナメ、お腹空いてない?)
バサリ、カナメは私の警告を無視して飛び続ける。
(ねえ、ちょっと!空腹感じるの、私も感覚は一緒だから!!)
《……気にするな》
(気にするよ!お腹空いたままで戦うつもり!?)
私はカナメの体内から強く訴えかける。飛び続けて、もう何時間経ったかわからない。
12時間以上は体感たってるはずだがまだ休む気はないのだろうか?
リズムよく羽ばたいているのを感じるけど、カナメ自身はかなり消耗してるはずだ。
(……あんなことがあった後だし眠気も来てるでしょ)
《問題ない》
(ねえ、ちょっと降りて休もうよ)
《まだ、行ける》
(バカじゃないの!?このまま飛んでたら、墜落するよ!?そうじゃなくても偽神やモンスターに負けたらどうするの!?)
「……」
カナメは、少しだけ考えた後、渋々といった様子で翼の動きを変えた。
徐々に高度を下げていく。
森の地面に降り立つ時、飛行を続けていた疲労からか着地した瞬間。
落ち葉が舞い上がり、わずかに立ちくらんで膝をついた。
(やっぱり、無理してたじゃん)
「……うるさい」
彼は軽く息を整えた後、無言で周囲を見渡し、何かを探すように歩き出す。
(なにしてるの?)
《寝床探し》
(狩りも魔法もできるんだから食事は取って!?)
カナメは自分を大事にしなさすぎでは?
いくら何でも兵士やってたとしても普通ここまでしないはず。
衣服も激しい戦いの後でボロボロなのに本気で買い替える気もないらしい。
(はーやーくー!偽神討伐のために備え大事!なんならちょっと汗臭いのも我慢してたんだからね!)
《わかったから、騒ぐな!!》
私が本気で騒いだ結果、カナメはしぶしぶといった様子で魔法で周囲を照らす光を浮かべる。
食事の獲物探しに動くのでさえ、ここまで腰の重い彼に幸先不安だった。
森の茂みの中をゆっくり歩いていくカナメ。
(見たことない植物、木の実とかなってるけど、食べられるか全然わからないなぁ)
《不用意に食べない方がいい。肉のほうがまだ安全だ》
(異世界の大自然って殺意が高すぎる)
ガサッという音を耳がとらえるとともにカナメはすぐに振り向くと、詠唱もなく魔法によって何かを浮かせる。
《当たりだな》
落ち葉や葉っぱに混じって茶色っぽい毛皮に長い耳。
その小動物と同じくらいの長いナイフのような一本角。
見るからに筋肉質で、野性味あふれる見た目をしている。
(お見事!)
《ブレードラビット、そこら辺によくいるやつだな》
カナメは空中で暴れるブレードラビットの首を背中側から左手で持つと力を込める。
この感覚の目的は、獲物をこれから食べられるように加工する気だと気付いた。
生きたままのブレードラビットの角を掴み、思いっきり押し込む。
引き抜くと、ナイフのように鋭い角が抜けた。
(ひっ)
獣としての本能か、まだ微かに動きを見せるブレードラビットを横たえ、カナメは抜き取った角を器用に持ち替えた。
そして、今度はその角を毛剃りとして使い出す。
ブレードラビットの毛皮は意外としっかりしている。
しかし、その角はまるで鍛え抜かれた刃物のように鋭く、毛並みに沿って撫でるだけで、細かい毛がスルスルと剃れていく。
次に、剥き出しになった肌に、逆手に持ち替えた角をそっと添える。
狙いは首。ブレードラビットの血抜きをするためだ。
角の先が皮膚へと沈んでいき、やがて血が静かに流れ出す。
(……うう、こういうの見慣れないとキツいなぁ)
《これで絶句していたら身が持たないぞ》
(わかってる)
体がもし自由に動かせたなら、拳を握って目をそらしたいのを耐えながら見ていただろう。
しかし、こういった生活になるのは覚悟の上で今更、偽神討伐から逃げる気もない。
こうやって考えている間もカナメは慣れた手つきでモンスターの処理を行っていく。
内臓もすぐに取り出し、野生動物特有の生臭い内臓の匂いを気にすることなく、あっさりと処理する。
そして、手のひらをかざした。
すると、見えない力が働き、清涼な水が生まれる。
手慣れた動作で肉を洗い流し、血の匂いを軽減させる。
冷たく、澄んだ水が肉の表面を滑り、赤みが薄まっていく。
さらに、カナメは処理した肉を適当な石の上に乗せ、右手を掲げた。
次の瞬間、指先にふっと灯るのは、小さな炎。
《塩も何もないが……》
炎魔法で直焼き。豪快にもほどがある。
表面からジュウと音を立て、肉の脂が弾ける。
焼ける匂いが漂う。だが、味付けの類は一切ない。
炭火でも、鉄板でもない。ただの炎魔法で石焼。
温度調整なんてあるわけもなく、焦げた部分と半生の部分が混在する。
なかなかのワイルド調理。
多分焼きたりなかったら途中でもう一回焼くんだろうな……
(ちゃんと食べるんだったら文句は言わないから)
「そうか」
焼き上がった肉を、カナメは躊躇なく口に運んだ。
私も五感を共有しているため、その食感と味がダイレクトに伝わってきた。
筋張った肉が歯に絡みつく。噛みしめるたびに獣臭さが増していく。
(……うん、味がない)
《偽神討伐、あきらめるか?》
(絶対やだ)
獣肉の独特な風味だけが、ストレートに舌を覆う。
スパイスどころか、塩すらない。ただの、焼いた肉。
カナメが無表情のまま咀嚼するのを感じながら、私はしみじみと思う。
調理された食事って、大事だな。
食事を終え骨を埋めた後、カナメは無言で木の幹に飛び乗った。
ラメンティスと戦っていた時と比べて動きに少し重さがある気がする。
私は、彼が疲れていたことに気付けて良かったと安堵した。
「寝る」
(木の上で毛布もなし?)
《野宿なら普通だ》
(身体冷えるでしょ)
《魔法でどうとでもなる》
(問題ある!!!)
私は必死に訴えた。
こんな寒い夜に魔力を消費させるのは少し心配だ。
木の上で寝るのはモンスターがいることを考えると仕方がないとはいえ、どうにかちゃんとした寝方をさせなきゃ……。
と考えて一つ思いついた。
——そうだ、飛行の能力で使う翼があるじゃん!
(ねえ、カナメ)
「……なんだ」
(翼、包まって寝ないの?)
「……は?」
(ほら、鳥とか、翼のある動物って、自分を包むようにして眠るじゃん?ね?包まって寝てみよ?)
「くだらない」
そう言いつつも、カナメは翼を広げる。
そして、身体を包むように折りたたみ、そのまま横木の枝に足を、幹に背を預けた。
黒い翼に包まれたカナメの姿は、妙に落ち着いて見える。
外気を遮断し、適度に温かさもある。
(……意外とあったかい)
思わず、私は感想を漏らしたが、相変わらずカナメは無表情な気がする。
「……そうか」
そのまま、彼は静かに目を閉じて少しすると呼吸がゆっくりと落ち着いていく。
私もそれに合わせて、ゆっくりと意識を落としていく。夜は、静かに更けていった。