1話 一心同体系ヒロイン爆誕

偽神狩りのオリヴォスフィア

 女子高生の私が目を覚ますと、スライムになっていた。

 それが、この世界で思いつく限り“最悪”の始まりだった。


 気がついて最初に感じたことは、冷たくて暗い。

 どこもかしこも、ただ冷たいだけだ。

 たぶんデパートの床みたいなつるつるした床の上を這ってた。

 意識はあるのに、目が開かない。

 身体がどこまでで、世界がどこからなのかもわからない。

 全体のフォルムとしては丸いだろうか?

 ただ、何かがひたすら前へ前へと這っている感覚だけがある。

 なんてかっこよく語ってみるが口があったら叫びたい。

(なんですかこれはああああああ!!)

 声も出せない。喉すらない。目もたぶんない。

 自分が何者なのかも、何をしているのかもぼんやりしていて思い出せなかった。

 ただ、叫ぶ代わりに衝動のように前進する。

(そもそもなんでこうなっているんだっけ?通学路で帰ってる記憶しかない)

 んんん?とずるずる進みながらも思い返す。

 しかし脳もスライムっぽい何かだからか、靄がかかったように思い出せない。

 とにかく何も見えないせいで動かないと不安だった。

 がむしゃらに動いているうちに、何かにぶつかった。

 柔らかさと硬さが混ざった、温かい塊。

 すきま風のような音。

 でも、すぐ近くで、微かに繰り返されている。

 そうだ、この音はかすれた呼吸だ。つまり当たった相手は生き物。

 しかし様子がいろいろ変だ。

(確認しないと、でもどうやって??)

 ぶつかった何かを確認するために手を伸ばす、つもりが覆うように、自身が広がった。

 指先も、手もない。ただ、溶けるように張り付き、這いずるように包み込んでいく。

 すると、相手をよりはっきりと感じ取れるようになった。

「……っ」

 痛みで体を動かそうとしてる、声も振動で伝わってきた。
 たぶん男性…だけど身体が砕けている。

 深い裂傷。骨折。失血。

 間違いなく私が覆っている相手は人だ。

(うそ!?ぼろぼろとかそういう話じゃない)

 生きているのが奇跡みたいな状況な気がする。

 ……あと数分ももたない。

 温度、鼓動、微かに震える体。

(手当の方法なんてわかるはずないよ!?)

 今の状況、どう考えても自分は人間ではないが精神は人だと思う。

 いつものお気に入りの服を着ている状態だったなら、布包帯とかできたかもしれないのにとすら思う。

(だけど、今の私の体じゃ怪我とかも見れない……)

 男性の呼吸が止まった。包んでいた体が冷たくなる。ゆっくりと、確実に。

 私は震えた。その震えは、石やこの人から伝わる冷たさではなく、恐怖が原因だった。

 このままでは、この人は確実に死ぬ。

 でも私は、ただの女子高生で今の私が何がどうなっているのかもわかっていない。

 人が死ぬのを見過ごしていいはずがない。

 でも、どうすれば?……考える時間は、もうない。

 目の前の人は、死にかけている。私が動かなきゃ、確実に死ぬ。

 私は、間違いなく人間じゃないからこそ出来ることはなんだろう?

 今の私の状態に一番近いのはファンタジーに出てくるスライムだ。

__だったら?

 体の一部を、溶かすようにして流し込む。

(多分、いっぱい血が流れて酸素が足りなくなってる。そこを私で補えれば少ない血でもなんとかできるかも)

 雑菌による病気とか心配はあるが、生かさなきゃこの人は本当に死ぬ。

 へなへなと軟体のような体で失った血の流れを補うように、怪我を覆って身体を侵食する。

(思ったより柔軟に動かせる、これなら!)

 一部はとどまって内側から傷を塞ぐように、痛いだろうけどバラバラになった骨が元に戻るように。

 どういうわけか形がない私が出来ること。

 血液や皮膚の代わりになれば今この人は息を吹き返すかもしれない。

 人がいたら私を攻撃してるはずなのに何もない。

 あの場には、私しかいなかったのかもしれない。

 やけくそでも、強引でもいい。

 今はこの人を、死なせないために。


 この人に入ってどのくらいたったんだろう?

 いつの間にか、骨折は治っている感じはあるけど、出ることができない。

 何も感じられないなか、不安になっていると、視界が開けた。

 驚いた。今まで音と感覚しかなかったのに、見える。

 ……鼻をかすめたのは、石の匂い。

 けど、その奥に焦げたような匂いも混ざっていた気がする。

 割れたステンドグラスから差し込む光、崩れかけた城。鉄の匂い。

 そして、完治しているが自分が包み込んでいた男の人の手。

(やった!成功してる!!って、これ、あの男の人の目線!?)

 自分の意思ではなく勝手に動いているので乗っ取っていないらしい。

 もし、乗っ取ってしまっていたら罪悪感で自分が潰れていたかもしれない

「……っう……」

 彼は重たい体を起こして左手を握ったり開いたりしている。

 次は鉄の鎧越しに体中の傷があった個所を見ているようだ。

《おかしい、あれから1日もたってないはずなのに、後遺症すらない》

(そういえば、私……彼の目線や声じゃなくて思考もわかってる?)

 彼の思考をうっすらと感じられる。

 異世界でも怪我が早く治りすぎるのはおかしいのかもしれない。

 体を乗っ取ろうなどとは思っていないが、結果を見るに私はだいぶやばい生物だったのではないだろうか?

 この人が助かっただけ良しとするべきかもしれないけども。

《確かめるか》

(え?)

 男は無言で地面に落ちていた剣を拾った。

 兵士が持ってそうなありふれた剣。刃には金色の髪と青い目の青年がうつる。

 表情は落ち着いた感じで私よりすこし上くらいの年齢のイケメンさんだ。

(って、呆けてる場合じゃないよ!!だめー!!)

 私の制止も意味をなさず、男は手馴れた動作でその刃を自分の腕へと滑らせる。

——ザクリ。

 赤黒い血が、腕から流れ出る筈だった。

(いったああああい!?何この人!?これでなんで表情一つ変えてないの??)

《血によく似ているが……違うな》

 それは、確かに血の色をしていたが……妙にどろっとしていて、血の匂いがしない。

(もしかしてこれが私??グロッ……)

 自分の血がに変わっていることを悟った青年の思考に戸惑いと冷静が混ざるのを感じる。

 私はまだリアルな映画や夢を見ている気分だ。

「……俺は、人間、ですら?」

 背筋が凍る。この人は、何を考えている?

——いや、考えなくてもわかる。

 彼は死ななきゃいけないと思っている。

 青年は剣を握り直すと、今度は 腹部に刃を突き立てた。

(痛い!!いたいって!?裁縫針くらいしか刺したことないのに!!)

 私の声にならない絶叫などつゆ知らず、彼の意志は硬い。

(やめて!お願い!!)

 青年は自らの腹部に剣を刺したまま手首をひねる。

「うっぐっ……」

 剣の刃が傷を広げてどくどくと私が流れ出る。

 彼は意図的に 自分の体を殺そうとしている。

 傷を開き、止める手段を捨て、自分が確実に死ぬ方法を取ろうとしている。

(やめて!!)

 叫ぶ代わりに、流れ出した私が動いた。

 流れ出た、自分の一部を操作し、青年の手から剣を放させる。

シュルン……!

「なっ!?」

 そしてうしろから身体に刺さった剣を押し出す。

 呆気にしている青年目線なら、自分の血に擬態している何かが勝手に剣を引き抜いたのだから無理はない。

 そのまま、剣はからんからんと音を立てて石タイルの地面に落ちた。

 それを見た青年は私がふさいでる腹を抑えながらも、剣を目で追っていた。

(ふー……はー……血?は私が動かせるみたいで助かった……)

 彼は 私の存在を、認識していなかった。でも、今ので確信したはずだ。

 「何か」が、自分の体に存在していることを。

(気持ち悪がられるだろうけど、ぜったい、死ぬよりマシだよ……)

 青年は剣を拾い直しもせず、ただじっと考えていた。

《ヘンなものが体に入ったな。この様子だと、どうやっても追い出せない》

(あと私も痛いので自傷はやめてください)

《ただ、俺の体を支配できるわけじゃない……トレヴァからは遠いが、帝国の火口に身投げしてもろとも討伐するか》

(なんで命の使い方がこんなに荒いのかなこの人!?)

 青年は剣を拾って鞘に入れると立ち上がる。

 まだふらつく足取りで、それでも迷いなく 前を向いた。

《コイツがいることでどんな影響があるかわからないが、今度こそ魔王を倒す》

 まさかの展開だった。あの怪我は魔王によるものだろうか?

 なら、この人は物語の勇者みたいな人?

(……ついていくしか、ないよね)

 スライムのような謎の体は、必死の救助で彼のものになってしまった。

私はもう彼から離れられない、なら——。

(私も、最後まで付き合うしか、ない)

私、コンドウ リカコは、言葉にならない言葉を、名前も知らない勇者の体の中で誓った。

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